狩野絵理

記事一覧(10)

フィルムカメラ

友人からもらったフィルムカメラで身の周りの景色や人を撮っています。心が動くものを見たときに「絵に残したい」と真っ先に思うのでカメラとは縁のない人間だと思っていました。今でも、「フィルムカメラで写真を撮っている自分」というのが不思議なくらいです。そんな私に、カメラを持っている姿が自然だと言ってくれる人がいたりして。。自分ひとりでは、自分自身の事をはかる事なんでできないんだなと。自分では気づくことができなかった、でも確かに持っている世界を気づかせてもらうために人は交流をするのかなって。「私は私なんです」と、自分で作ったイメージに固執してしまうのはなんだかもったいない気がするので、そういう扉はなるべくオープンにして過ごすようにしています。カメラの事は全く詳しくないので、見よう見まねで、とりあえず撮ってみているという軽い感覚なのですが、その軽さが良いのかもしれない。絵は、やりたいことが多すぎたり、余計な情報も知ってしまっていたり、「うまく描こう」という雑念が邪魔をしたりして純粋に楽しめないときがあるので。。こうやって余計なストレスなく、自分の感じたものを残せる方法を、1つくらい持っていても良いものだなぁ、と。現像された写真を見て、「この写真の光の具合を絵に描くとしたら…?」なんて、結局は絵のことばかり考えてしまうのですが。笑

花咲くアーモンドの木

国立新美術館で開催されている「ピエール・ボナール展」に行ってきました。展覧会の最後の部屋へ入った時、ひときわ輝いている一枚がありました。「花咲くアーモンドの木」。彼の遺作となった作品だそうです。画家の晩年の作品は、体力の衰えなどによってそれより前の作品と比べると勢いが無くなっていることがあるのですが(人の一生を見ているようで、絵も生きているようで、そういう作品も個人的に好きです。)ピエール・ボナールの「花咲くアーモンドの木」は、最期の作品なのにエネルギーに満ちていました。最期だからこそなのか、色彩的にそう見えるだけなのか…。こういうこともあるのだなぁと、しばらくの間、しみじみと見つめてしまいました。アーモンドの花がどういうものなのか知らなかったので、帰って調べてみました。なんと、桜とそっくりの可愛らしい花なのです。あの硬くて茶色い木の実が、こんなにも可愛らしい、ほのかにピンク色に染まった繊細な花びらを持つお花から生るなんて…!更に調べると、ゴッホもアーモンドの花の画を描いていました。絵描き人にとって、思わず描かずにはいられない花なのでしょうか。アーモンドの木は、冬の終わりに花を咲かせるらしいです。いつか見てみたいなぁ。私の見てみたいものがまた一つ増えた、良い一日でした。

そうしてくれて嬉しい